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横たわる巨獣の残骸

 自由とは気高き心が責任を負うものであるし、個性とはあらゆるものをそぎ落とした果てにそれでも残ってしまうどうしようもないもの。

 最近(でもないが)よく「ゆとり世代」と十把一絡げに語られる人たちがいて、まあ、具体例を聞いたりすると唖然とせざるをえない有様だったりするわけなのだけど。
 ただ、まあ、そのように育てられてしまった人々ばかりではなく、そのような人々をつくりだしてしまった世代も責められるべきではないかと思わなくもない。

 諸悪の根源はバブル世代というやつ(というか、あのようなヴィジョンを生みだした者たちとそれを流布させた者たち)なのではないかというのが個人的な意見。
 あの世代が、ワガママを自由と言い張り、頭の悪さを個性だと開き直る思想のはじまりだと思っている。いや、まあ、田舎の小僧がテレビから受けた印象でしかないといえばないのだけれど。
 そんな人たちに育てられた子どもたちはむしろ被害者なんじゃないかとさえ。

 で、今もその世代は、当時を何かの間違いだったとは感じていないらしく、未だにあの熱病に浮かされていた世界を夢見ているような気がする。
 年齢的に会社内でそれなりに重要なポストについているであろうその世代の人たちが、あの頃を取り戻そうとしているような、そんな気持ち悪さをときおりぼんやりと感じることがあるのです。


 ……って、あれ? そんな話をしたかったんじゃなくて、終身雇用とか年功序列とか徒弟制度とかの重要性を語ろうと思ってたはずなんだけど……まあ、いいか。
 あ、いえ、何かがあったとかってわけじゃなくて、暑いしテンションあがらないし集中力が途絶えるしで、気晴らしがしたかっただけです。

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