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海の女王(仮題)

 元来が不謹慎で卑怯な人間なので、状況をまぜっかえしてふたたびこのようなものを記してしまう。ていうか、すでに時機を逸していると思うのだけどね。

 それは長い歴史を持つ豪華客船であった。海を行く美しさから「海の女王」とさえ呼ばれる優美なその船には、多くのファンがいた。
 長い時が降り積もり傷みやひずみが生じているのだろう、かの船は静かに静かに沈みはじめていたのである。海水が染み込みはじめ、最下層などはすでに海の中にあるも同然であった。だが、傍目にはその変化はほとんど現れておらず、多くの者の目には未だ優雅に航海をつづけているようにしか見えない。
 そんな中、かの船が沈みつつあることに気づいた者たちがいた。それは、長くその船を愛しつづけた名もなき者達。彼等はいてもたってもいられずに、小さな船に乗り込み漕ぎだした。
 海の女王に近づき、彼等は愕然とする。事態は予想以上に深刻であった。彼等は話しあい、何よりもまず中にたまった海水を排出するのが先決であるとの結論に至る。そのためには、外装を叩き壊し海水が流れ出す道を作るしかないと。
 その判断が賢明であったのか愚かであるかは、わからない。それは後の人々が判断することだ。ただ、彼らがその船を救いたいと真剣であることだけは間違いがない。
 そして彼等は、実行する。手にした鉈や鉞を海の女王の外装に振り下ろしはじめた。
 一方――当然のことだが――客船には、優雅な船旅を楽しんでいる乗客が何人もいる。その乗客の一部が外の音に気づき、訝しんでデッキに現れる。
 ワイングラスを手に下方をのぞきこんだある乗客は、そこに凶器を手に船を叩き壊そうとする一団の姿を見とめる。
「暴漢どもが、何をする! 今すぐやめないか!」乗客は叫んだ。
 その声に、船を救おうとしていた者たちがデッキを見あげた。そして、ワイングラスを手に自分たちを蔑んでいるほろ酔いの乗客の姿を目にしたのである。彼等は激怒する。
「この船が沈もうとしているこの時に、あんたはそんなところで何をしている!」
 だが、乗客はかの船が沈もうとしているなどとは夢にも思っていない。彼等にとってこの船は、未だ優雅に進む海の女王なのだ。しかし、そんな乗客たちの認識を船を救おうとしている者たちは知らない。
 互いの認識を語らないまま、それぞれがそれぞれの行ないを罵倒し、なぜ自分の言うことを理解しないのかと揶揄しあう。言葉は通じているはずなのに、話はかみ合わない。
 そんな折、一人のシンガーがギターを手に客船のステージに上がる。
 歌うは、「キャプテンとブラッキー」
 ♪沈まば沈め 海底を行くさ

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