« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

時は流れる(ショートスパン編)

 木曜日、寝ぼけ気味に歩いていたせいか、コンビニ前の駐車場で車止めに足を痛打した。
 強くこすったらしくて親指(本来、足の指はそういう呼び方はしないけど便宜的に)の皮がめくれていた。予想以上に血が滲みはしたものの絆創膏で対処できるレベル。何より、爪を割ったり剥がしたりしなくてよかった。
 と思っていたら、今日、爪の付け根で内出血が。やっぱり、何らかのダメージはあったのだね。痛くはないので問題ないんだけれど、自分で見ていても痛々しい感じではある。

 昨日(土曜)、こちらに出てきていた両親と外で昼食をいっしょにとってきた。マンションの更新のために保証人欄に署名とハンコをもらうためという目的もあって。
 ハンコをもらいに行くためのタイミングをとれずにいたら、けっこう期限ぎりぎりになってしまった。と思っていたら、今日不動産会社から確認の電話がかかってきました。明日郵便出して、振りこみしてきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歳相応ともいう

 たまには、スポーツ観戦(テレビ専門)ブログ(なのか?)らしいこともすこし。

 といいながら、先週末の全米オープンゴルフはほとんど見れなかったのです。今回の大会が開かれたコースが西海岸だったために、放送時間がいつもに増して遅かったせいです。いや、遅かったっていうか朝が早いというか、決勝の二日間は朝8時ころに放送開始だったのですよ。
 早く寝て朝起きればよくね? って思いますよね。実際そうしようと試みたんですけど、こういうときに限って仕事がたてこんだりしてうまく眠れずに、けっきょくうつらうつらしたあたりで朝を迎えるようなことになりましてね、テレビの前で放送見ながら寝こけてしまうってありさまでした。個人的に、リンクスコースの風景にも眠気を誘われるってのもありまして。
 最終日も、いつの間にやら睡魔に負けて、夢うつつに落胆の声を聞いて目を開けたらスピースが優勝を喜んでいる場面があって、ああ最終組の誰かが最終ホールでスコア落としてスピースが勝ったのだなとなんとなく理解したようなしだい。

 つかさ、ゴルフ中継をつけたまんま寝落ちするって、そうとうにオヤジっぽい感じよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

べらんめぇ調が合う気がしたってだけなんだけど

 いつものごとく便乗ものとして、「大工のまっつぁんとしんさん」てのを考えていた。大工のまっつぁんがある日、昔自分が建てたのと同じ形をした家を見つけてびっくりするってお話。
 家のパテントはきっと設計士にしかないだろうけど実際に家を形にしてるのは大工なんだって構図と、最近は建築業者ばっかりで大工がいなくなっちまって礼儀もろくにわかっちゃいないって愚痴る画が見えたのよ。
 で、まっつぁんの愚痴を聞いた大工仲間のしんさんが、件の家を見に行って「こんな家建てられて同じもんだって言われちゃ愚痴りたくもならぁな。カンナがけからなっちゃいねえ、よくこんな柱使おうと思ったもんだ」と嘆くという流れ。

 大工の話だし落語調でと思ったんだけど、面白くならないのよ。オチも見つかんないし。才能ないなと思う。まあ、便乗なんて下衆なことをしようとしてる段階で、ダメなわけだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

全ては座布団の上での妄想である

 ふとね、もしかすると、これまで尊敬できる人に出会わないまま人生を送ってきている人が多いのではなかろうかと思った。だから、敬意をはらうというのがどういうことなのかがわからないのではないだろうかと。
 親が友達のようになって、教師が御用聞きのようになってしまった昨今では、そうした大人と出会う機会も少なくなってしまうのかもしれないなと思う一方で、他人を尊敬できるようになるには、何かに懸命に取り組んで何がすごいのかを知らなければならないわけで、今まで精一杯何か打ちこんだことがないのかもしれないと想像したりもする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

釈然としない

 某動画再生ツールが、最近何度となく最新版に入れ替えておくれよと通知してくる。
 あまりにくり返し言われるので、しゃあないのぅと思ってダウンロードすることにした。
 で、いざインストールしようとしたら、OSが古すぎて入れられへんとつっぱねられた。
 まあ、よくあることだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

時間がループしているみたいだ

 最近、生活不活発病なるものを知り、自分もそんなような状態にあるのではなかろうかと思ったり思わなかったり。いや、潤いや波風のない生活の中では色々なものが減退していくよねってだけの話なのだけれど。ていうか、仕事で不測の事態なんかが起きて時間に追われて対処している時が、一番生き生きしてる気がするの、僕。

 それはそれとして、TY氏のツイッターを見て、カルメン・マキさんがらみの騒動(ていうか、その界隈でおこなわれてるから騒ぎ?)を知って、とりあえずなんのことやらと、まとめサイトとやらを眺めてみる。
 ……目が疲れた。つか、それが全てだった気がする。
 とりあえず、世の中法律とお金が大事で先人に対する敬意なんかは面倒なものでしかないと思ってる人が多いのだなという感想だけ抱いた。そら、アベ政権みたいなものがまかり通るし、そんな人達がつかう「粛々」って言葉は不快にも感じられようなと。まあ、本筋とは無関係な個人的感想。

 で、今日TY氏のツイッターを見て……既視感に見舞われ眩暈を覚える。
 登場人物の大半を変えて同じ展開をくり返すコメディを見ているよう。
 どうして、同じような人達ばかりが現れるのだろうか。そして、そういう人達はどうして同じような愚行をくりかえすのだろうか。
 これはツイッターというツールの特性みたいなところもあるんでしょうがないという諦めもなくはないのだけれど、とりあえずもう少し脳を使って文章を読む癖をつけようよと思う。
 これは、TY氏と実際に話をしているときにままあるんで、氏の話法の癖みたいなものなのだけれど、話が飛躍したように感じられて何の話かと思ってしまうときがあるのだれど、実はそこって地続きになっているので、その自分に見えていない道を想像したり探ったりということをしながら話を聞く必要があるのです。
 幸い文章は何度でも読み返せるのだから、きっちりと読んで自分の中で整理をして、反論なり同意なりしろって話だと思う。ていうか、その時点に多くの時間と労力が費やされているあたりに、傍で見ていてげんなりするところがあるのですよ。
「こいつ何言ってんの?」って切り捨てるのではなくて、「この人は何をいってるんだろう」と耳を傾けることが対話だろうと思うのだけれど。

 みんな、世界を広げる機会を無駄にしているんだよ。君が膝を抱えて座っているその小さな空間は、そんなに大事な場所なのかい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ぼやぼやしながらぼやいてるみたいな

 自分でも疲れているのかしらと思ったのは、昨夜ご飯を食べていたら、おかずの中から髪の毛が数本出てきたとき。お店だったら、大騒動になるレベル。
 まあ、自分で作って自分で食べてるだけなんで、顔をしかめて捨てるだけなのだけど。しかし、作ってて気づかんもんかねと我ながら不思議。

 地方税が来た。もうそんな季節。去年出た本一冊分くらいが持っていかれる。うんまあ、去年はいつもより収入が多かったのかもしれないなとは思わなくもないのだけど、本一冊分の印税が……。
 ていうか、収入が多かったなら、もうちょっと生活に潤いが出たり、貯金が増えたりしててもよさそうなものなのに、そうはなってないんだよね。ものの値段があがってるのが原因だろうなとも。特に、野菜が高いよ。野菜が。みんな、アベノミクスが悪いんや。いや、天気のせいでもあるかもしらんけど。
 なんかもうこの暮らしの楽にならない感じは、じっと手を見てしまうところです。っていうほど働いてないってだけなのはわかってるのよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

僕も削除してみた

 半ば脊髄反射的に書いてしまったようなところもあるし、何より他人様の表現に対する心構えがどうだとか書くとか、すごく恥ずかしいことしてるなと感じたので、ひとつ前の記事を削除しました。そういう行為自体がどうなのって感じではありますが。

 それはそれとして、「他人様」って言葉が「ひとさま」で変換されなくて、試しに打ってみた「たにんさま」で変換したという事実により一層大きな衝撃を感じて世をはかなんでいる今日この頃であります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ときおり思い出したように居住まいを正してみる

 迂闊にも、見ようと思っていないものを目にしてしまうことがあって。
 過日、ツイッターで以下のような呟きがされているのを見てしまった(アカウント名はあえて記さず)。


 ★5:尊敬する人は? 尊敬する作家さんは多いのですが…あえて一人上げるとすれば、梅村崇さん。少女だったころ(?)から物凄く影響を受けています。


 ネット上では昔からあるバトン系の何かに対する回答のようなのですけど、こういう人が存在するのだと知ると、心からありがたいと感じると同時に怖くなって震えます。
 そして、さらに、その人がどやら長じて結婚もしているらしいとわかり、自分の積み重ねてきた時間の長さというものを感じて、いっそう恐ろしさに身が震えました。
 なんか、いろいろともっとちゃんとしないとなと思ったしだい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

5月に読んだ本2015

 今日行った八百屋でかかっていたラジオで、「今年ももう半分が……」などとしゃべっているのを耳にした。ひと月早いよ。
 て感じで、5月に読んだ本の列挙です。

 19.青崎有吾「体育館の殺人」
 20.法条遥「リライブ」
 21.長沢樹「消失グラデーション」

 自分でもびっくりするくらい軽めの本ばかりとなりました。
 そして、なんとなく青春ミステリ的に寄ってる感じで。

 出オチ的なタイトルの19。親本が出た時に、某AXNミステリーの番組で大森望が熱烈に薦めていたいたのが気になっていて、文庫で買ったしだい。やっぱり、タイトルのことばっかり言ってたような気がしなくもないのだけど。そんなイロモノ的なタイトルを有していながら、探偵のキャラクタを除くと驚くほどにオーソドックスなミステリ。端正というか、古式ゆかしいというか。楽しめました。ただ、この手の謎ときものにおいて、こういうエピローグみたいな場面は必須なのかしらと。
「リライト」から始まった四部作の完結編(ということらしい)20。新しいキャラクタと、それにまつわる物語もあるものの、探偵ものの解決部分だけを読んでいるような赴きの一冊。んー、独立した一冊にするには弱いかなという印象。まとめて読んだら違った感想にもなるのかなとは思うものの、そういう意味でも「リライト」から一冊にまとめてしまってあったらと思いました。前章の展開を次の章が思いきり覆すという構成は、分冊しなくても効果的だと思う。まとまってれば、同じような記述や説明も省略できると思うし(ただ、これは、わざとやってるきらいもあるので、なんともいえないところなんだけど)。せめて、二分冊くらいだったら。
 そして、21。学校を舞台としていながら、「体育館~」がミステリであること(というか、謎ときをするということ)に重きを置いたのに対して、こちらは青春に重きを置いている感じ。なにせ、いくつかの兆しはあるものの、謎をはらんだ事件が発生するまで100ページくらいなんとなく鬱屈した感じのする学生生活のあれこれが描かれているのだから。そういう学校の方針なのかしらと疑いたくなる固め打ちっぷりに少しばかり首をかしげたくはなるものの、とても面白かったです。やっぱりこういう青臭いお話が好きなんだな、僕は。あと、出てくる地名駅名がなんか近しいところばかりで、ちょっともぞもぞした感じ。
 あと、どうでもいいことなんですけど、19にしても21にしても、帯に同じ探偵が活躍する続編の広告が載っているために、探偵役が容疑者からはずれてしまうわけなんだけど、そういう読み方ってアンフェア?

 そして、もうしばらくは軽めの本ばかり手に取ってしまいそうな心もちの今日この頃。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »