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そういうのは自由とか選択とは違う気がする

 風呂なし物件が若者に人気だという話がテレビでされたらしい(とネット上で見かけた)。風呂は銭湯を使うことで家賃を抑えて自分の好きなことにお金を使いたいとかどうとか。
 実際にそのニュースだかなんだかを見たわけではないので正確な感想ではないのだけど、ネット上で見た映像の印象だけで言うならば、その「あえて風呂なし物件に住んでいる若者」の部屋のようすやなんやらがどうにも昔からある苦学生やら貧しい労働者の様相にしか見えない。例えば、十何万かするドールがお迎えされていて、部屋全体がその子に合わせてビロードやらで装飾されているとかだったら、ああこういう趣味にお金を使いたいのですねと納得もできようものなのだけれど。
 ていうか、そもそも、全ての話を素直に鵜呑みしてみたところで、それは家賃を3万円台に抑えなければ好きなことにお金をまわす余裕がないという事実しか存在していない気がするのですけど。
 まあ、自身の人生で何を重要視するかは個人の自由だし、家風呂か銭湯かは好きに選択すればよいという話ではあろうとは思う。けれど、そこまで家賃を抑えなければ好きなこともできない状況はやはり貧困だと思います。そんな困窮した中で自由な選択をしたと得意がっている様は、鍋の中で煮られている蛙を見ているような感覚にしかならない。
 そこまで切り詰めなければ自己立脚ができない若者の貧困を訴える報道だというのなら価値もあろうかとは思いますが、どうもそうではなくて2000年代以降の日本経済を破壊した某大臣の思想に追従するような報道だったようなので、そこまで来たのかという感想を抱いた次第です。
 で、そんな貧しい上に特段何の資源も有していない国に戦争を仕掛ける理由ってどこの国にあるんでしょうか。戦争というのは経済活動なんですよ。

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