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思い出話などを少しだけ

 もうあれから一年以上が経過したのだね。
 昨日は、今はもうここにはいない人に関わる集まりがあるからと連絡を頂いたので、中野坂上まで出かけてきた。
 かつて何度か行ったことのあるお店だし駅からすぐだったはずだからと下調べなく出向いたら、地上へ出る出口を間違えてものの見事に迷子になるという。外出に慣れてない人間が己を過信してはいかんね。
 閑話休題。
 そもそもトレーラーのコンテナくらいのサイズのパブでキャパが小さいこともありはするものの、店に入りきらないほどの人が集まっていた。それが氏の足跡(の一部)の表れであることに感嘆をおぼえる。自身の内へ内へと潜っていくような仕事をしていた気もするけれど、人の輪の中にいるのが好きだった人だからなどと。
 一方の僕は人と関わることを全力で避けてきた人間なのでこうした場でも知り合いなどはあまりおらず、ひとり空間に身をゆだねていたりする。どこであれ人が集まる場ではそうしていることが多くて、時折気にかけて声をかけてくれる人がいたりもしてそれはそれでありがたいのだけれど、自分としては充分に場を楽しんでいるというか、こうしているのが好きだとすらいえるのかもしれないとも思っている。
 それでも、懐かしい知人何人かとあいさつし話に花咲かせるなんてこともしてきた。10年ぶりくらいになるようだ。驚きである。
 あ、あと、自分より年若い同業の人――いや、今の僕は無職なのだけど――という(僕に取っては)珍しい種の人ともお話をさせてもらった。実は以前に一度お会いしているとのことだったのだけど、記憶になく本当に申し訳ないと思う。

 この集まりの目的の一つに形見分け的な意味合いもあって、生活自体はシンプルすぎるほどにシンプルだったきらいのある氏だけれど、好きなものは蒐集するところもあって、そうした品々が並べられてもいた。
 主催(というか幹事というか)の方にもらっていってと勧められたのだけれど、氏は蒐集する人ではあってもコレクターではなく、どちらかというと生来の求道者めいた探求心の表れがコレクションのようになっているようなもので どれも使うもの使えるものなわけですよ。なので、受け取る側としても使うために持って帰るのが筋だろうと思うわけで、楽器類は弾ける人が持っていかなければ意味がないし、細身なうえにタイトな服を好んでいた氏は入ろうはずもない。ていうか、そもそも僕は有形無形問わずもらいすぎっていうくらいたくさんのものをもらってしまっているから。
 などと思っていたりしたのだけれども、なお熱心に勧められたので帽子をひとついただいた。頭が大きいのでキャスケットは似合いづらいのだけど、なんとかおさまりのいい角度を見つけたいと思います。

 そんなこんなで、一人の人間が繋いだ人達が集まって昼間から酒を飲んで、難なく仲良くなった子どもたちが駆けまわる中で、楽しい時間を過ごしてきました。それ自体が眩い幻想だったかのような。


 で、一夜明けて現実に戻った無職の引きこもりは、食料品の買い物にいったり洗濯したりと再び穴倉の中。

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